東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)70号 判決
一 請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告が主張する取消事由の有無について検討する。
1 取消事由1について
(一) 原告は、本願発明の構成要件(ⅳ)の「該絶縁物質が前記表面に延び、前記二つの領域の一つに横たわる孔を形成している絶縁物質」とは、前記表面に達し、かつ、前記二つの領域の一つの上にある孔が絶縁物質に形成されること、すなわち、二つの領域の一つの表面を露出していることを意味し、この構成要件は絶縁物質がP―N接合のすべてを蔽うことを要する、と主張する。
しかしながら、原告の指摘する本願発明の明細書の記載(成立に争いのない甲第二号証第二頁右欄三行~一〇行)によれば、「電子的パツケージの製造の次の段階は全部分を絶縁層20で被覆することである。特に被覆したい区域は前記の抵抗性及び導電性フイルムを沈積すべき区域であるが、図においては、被覆は全部分を被覆するように示してある。それはかく被覆する方が容易であるからである。絶縁層が沈積された後にそれを通してエミツタ電極、ベース電極及びコレクタ電極12、13及び11において小孔を腐蝕する。それはそれらに接続をなすためである。」というのであるから、この記載によれば、かえつて、本願発明では、P―N接合の全部を被覆することが必須であるとは到底読みとれないのであつて、原告主張のようにP―N接合の全部を蔽うことは所望により適宜行われる一実施態様にすぎないものというべきである。いわんや、本願発明の明細書中には、P―N接合の全部を蔽うことによる作用効果については何らの記載もないのであるから、本願発明がこのような積極的思想を含むものとは認められない。原告の主張は理由がない。
(二) 原告は、本願発明の構成要件(ⅴ)の、「前記絶縁物質上にあり前記孔内に延び前記受動回路素子と前記領域の一つとを相互接続する導電物質」は、導電物質が絶縁物質上に密着して置かれ、これにより支持されていることを意味し、ワイヤーによる相互接続を含まないことを限定している、というけれども、前掲甲第二号証によれば、右構成要件において、導電物質のうち「前記孔内に延び」ている部分は、同号証第三図の実施例の電極12、13などであり、「絶縁物質上にあ」る部分は低抵抗フイルム17などであるから、これら電極や低抵抗フイルムがこの導電物質に対応していると認められるところ、絶縁物質上にある導電物質(低抵抗フイルム)が密着支持されなければならないという理由(作用効果)につき明細書には何らの記載もないのであるから(単に「上にある」といつても、密着を意味するとは限らない。)、これを原告主張のように限定的に解すべき理由はない。
(三)(1) 原告は、本願発明により受動回路素子の温度依存性除去効果を奏すると主張する。本願発明が受動回路素子の温度依存性除去効果を奏することは当事者間に争いがない。しかしながら、成立に争いのない甲第三号証によれば、第一引用例において、その受動回路素子である抵抗R6、R7及びコンデンサC2はいずれも半導体ブロツク(シリコン・ブロツク)それ自体の中に形成されていないことが明白である。すなわち、抵抗R6及びR7はそれぞれ半導体ブロツク(シリコン・ブロツク)の一表面上に絶縁膜(絶縁体層)を介して被膜状に直接設けられており、また、コンデンサC2は更に右抵抗R7上に被膜状に直接設けられている。その結果、温度により半導体ブロツク(シリコン・ブロツク)の固有抵抗が変動してもその影響がこれらの受動回路素子の特性に直接及ばないことは明らかであり、第一引用例にも本願発明と同等の温度依存性除去効果を期待することができる。したがつて、この作用効果は、第一引用例のものにおいても奏せられ、本願発明が特に奏する効果ではない。
(2) 原告は、本願発明により一面加工性及び両立可能性の効果を奏すると主張する。
しかしながら、一面加工性の効果については、本願発明の明細書に本願発明の効果として何ら記載されていないし、実施例においても記載されているところはないのであるから、これを本願発明の効果とすることはできない。
また、両立可能性のある工程を採用できるという効果については、前掲甲第二号証の記載(第一頁右欄三三行~三八行)によれば、本願発明における受動回路素子として特にコンデンサ及び抵抗器(いずれも被膜状であることは明らかである。)の両方を用いる場合にはじめてこの効果が奏されるとしか解されないので、これはあくまでも一実施例の有する作用効果にすぎず、本願発明の要旨とする構成による効果とすることはできないものである。原告の主張は当らない。
(3) 原告は、本願発明により大量生産性の効果を奏すると主張する。
しかしながら、この効果についても、本願発明の明細書には本願発明の効果として何ら記載されていないし、また、そこに記載された技術内容からは、これを特段の効果とはしえないので、原告の主張は理由がない。
(4) 原告は、本願発明により、絶縁物質が受動回路素子や導電物質の支持体になること、その他の効果を奏すると主張する。しかしながら、
絶縁物質が受動回路素子の支持体として働くという効果は、本願発明においては受動回路素子が絶縁物質に密着支持されることを要件としてはいないのであるから、これを本願発明の効果とすることはできない。
つぎに、導電物質の支持体としての効果は、本願発明においては導電物質を絶縁物質に密着支持することを要件としてはいないし、明細書にもこの効果を示唆する記載はないから、これを本願発明の効果とすることはできない。
また、P―N接合の保護効果は、本願発明においてはP―N接合を絶縁物質で蔽う構成を要件としていないし、また、明細書のどこにもこれがかかる構成に基づく本願発明の効果であるとの記載はないから、本願発明の効果とすることはできない。
さらに、マスクとしての効果については、絶縁物質をマスクとして利用する思想は本願発明の明細書のどこにも、実施例としてすらも、記載されていないから、これを本願発明の効果とすることはできない。仮に、この思想が示されているとしても、いわゆるマスキング技術は成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)や同甲第五号証に示されているので、それに用いるマスク部材として単に絶縁物質を利用する程度のことは格別の発明力を要することとは認められない。
半導体の本体の効果は、前掲甲第四号証に見られるように当然のことであり、第一引用例(甲第三号証)のものも同様の効果を奏するから、これを本願発明が特に奏する効果とすることはできない。
(四) 本願発明と第一引用例のものとの対比
以上(一)ないし(三)の検討から明らかなように、本願発明の構成要件(ⅳ)(ⅴ)についての原告の主張は採用しえないものであり、原告が本願発明の作用効果として主張するところを吟味した結果によれば、右の構成要件を含め、本願発明の要旨は、本願発明の明細書における特許請求の範囲の記載をその字義どおりに解釈することによつて把握するほかはない。(原告主張のように、殊更に、本願発明の明細書・図面に明確に示されている範囲を超えてまでこれを解釈すべきものとは認められない。)
かくして、本願発明の要旨たる技術的事項は、その明細書・図面に示されているところから客観的に解しうる範囲のものであり、前掲甲第二号証の記載(第一頁右欄二〇行~三二行)によれば、本願発明は、右の要旨とする構成によつて明細書記載のつぎの目的ないし効果をその目途とするものと認められる。
<イ>「トランジスタまたはダイオードの如き能動素子ばかりでなく、電気的安定の大きい受動素子をも含む最小寸法の電子回路を得ること。」
<ロ>「絶縁被覆を半導体材料のブロツクに施し、抵抗器及びコンデンサの如き受動素子がかかる絶縁層の頂部に全部形成され、それによつて受動素子をして半導体材料より電気的に無関係にすること。」
<ハ>「半導体材料のブロツクがその上に形成されるべき受動素子の支持体として用いられるばかりでなく、その内部に種々の半導体装置が形成される材料としても有利に用いられること。」 他方、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、第四頁下から一一行~五行に、第一・九図について、「第一・九図は、開発契約のもとに、我々のために作成された試験的なマルチバイブレータ固体回路を示しており、そこでは、一つのシリコン片がドーブされたり、成形されたりして、四個の普通のトランジスタ(二つのエミツタと二つのコレクタは共通である。)と等価なものが形成された。四個の五〇〇オームの抵抗がシリコン・ブリツジにより形成される。他の抵抗及びキヤパシタは、シリコン・ブロツクの上に、絶縁膜を介して被膜状に直接、蒸着される。この試験的なマルチバイブレータの大きさは六ミリメートル平方で、厚さは二ミリメートルである。」と記載されていることが認められる。右の第一・九図それ自体はこの模型の実体的内容を必ずしも明確に示したものではないけれども、成立に争いのない甲第八号証(ジエイ・ウオレス・ラスロツプの宣誓供述書)を参照すれば、それはほゞ原告提示(準備書面(五))の「甲第三号証第一・九図模型の拡大図」(別紙(〔編註〕省略)第四)のとおりのものであると認められる。
そこで、本願発明と第一引用例のものとを対比するに、第一引用例において、そのシリコンブロツクに形成された四つのトランジスタQ1、Q2、T1、T2の部分に着目するならば、ある導電型(N型もしくはP型)のエミツタ領域(あるいはコレクタ領域)と接し、それらの領域間にP―N接合が形成されている故、この構成は本願発明の構成要件(ⅰ)に対応するものである。また、第一引用例のシリコン・ブロツク上には、蒸着により絶縁物質の被膜が施され、更にその上に密接して受動回路素子の一つである抵抗器R6、R7が設けられているから、この構成は本願発明の構成要件(ⅲ)に対応する。そして、第一引用例のものは、シリコン・ブロツクすなわち半導体物質の本件を用いて、一種の電子回路であるマルチバイブレータを組込んだものであつて、半導体装置といえるから、これが本願発明の構成要件(ⅵ)に該当することは明らかである。したがつて、本願発明の要旨中、構成要件(ⅰ)(ⅲ)及び(ⅵ)は第一引用例のものも具備しており、この点では両者の構成は一致するということができ、たゞ、次の諸点においてのみ相違が認められる。
(Ⅰ) 本願発明は構成要件(ⅱ)すなわち、「前記二つの領域が一つの同じ表面に延び」、更に、前記P―N接合が「該」表面で終る(半導体物質の本体)を必須とするのに対し、第一引用例のものにおいては前記二つの領域(たとえば、エミツタ領域とベース領域)間のP―N接合が各領域の延びた端の面と同じ表面に終つていること。
(Ⅱ) 本願発明は構成要件(ⅳ)すなわち、前記絶縁物質が前記表面に延び前記二つの領域の一つに横たわる孔を形成している絶縁物質を必須とするのに対し、第一引用例のものにはこれに対応する構成が欠如していること。
(Ⅲ) 本願発明は構成要件(ⅴ)すなわち、前記絶縁物質上にあり、前記孔内に延び、前記受動回路素子と前記領域の一つとを相互接続する導電物質を必須とするのに対し、これに対応する第一引用例のものの構成は、受動回路素子である抵抗器R5、R7及びコンデンサC2の下側極板はそれぞれ導電物質部分が延長されて、トランジスタT2のコレクタ及びトランジスタQ1のコレクタに各々接続されていることから、前記領域の一つと前記受動回路素子とを相互接続する導電物質であること。以上のうち、(Ⅰ)は本件審決が指摘した相違点(1)、すなわち、本願発明の構成要件Ba、Bbに対し、第一引用例のそれはⅡイであるとしたことと実質的に同等のものであり、右(Ⅱ)の相違点は、本件審決指摘の相違点(2)すなわち、本願発明の構成要件Cを第一引用例のものは有しないとしたことと同等であり、また、右(Ⅲ)の相違点は、本件審決が本願発明の構成要件Dに対し第一引用例のそれはⅢであるとしたことと同等であつて、これらのほかには、両者の構成について格別に相違するところは認められない。
ところで、原告は、本件審決は、絶縁物質が半導体物質の本件を蔽う範囲についての相違を看過している、と主張する。
しかしながら、本願発明において、P―N接合を絶縁物質で蔽うことについては特許請求の範囲に何ら明確に限定されていないのであるから、これは本願発明の要旨と直接関わりのない事項とするほかないものであり(いわば、実施の一態様にすぎない。)、それのみならず、第一引用例における抵抗器R6、R7及びコンデンサC2をみれば、自から判るように、そのシリコン・ブロツクの頂面上において、これらの各受動回路素子が占める範囲と、少なくとも抵抗器R6の一端部(この一端部は、トランジスタT2のコレクタに対する導電接続の作用を果たす。)及び抵抗器R7、コンデンサC2の下側極板の各一端部(これらの一端部は、それぞれ、トランジスタQ1のコレクタに対する導電接続の作用を果たす。)がそれぞれ占める範囲とには、いずれも絶縁物質が施されていて、この点、本願発明における絶縁物質が施されている範囲(構成要件(ⅲ)ないし(ⅴ))とその範囲は大同小異であり、さらに、本願発明において、その二つの領域の一つと導電物質との接続点近傍ないし孔が形成される範囲に、絶縁物質が存在するという点については、本件審決においても、相違点(2)(3)の判断において、孔の有無に関する差異として採り上げ、実質的に審理しているのであつて(成立に争いのない甲第一号証第五丁表一行~裏一行)、本件審決における両者の対比判断に原告主張のような誤りは存しない。
2 取消事由2について
(一) 原告は、本件審決が、本願発明の構成要件(ⅳ)における「前記表面」の解釈を誤つているという。
この原告の主張は、本願発明において、能動回路素子や受動回路素子が一体的に組込まれる半導体物質の本体は全体的にほぼ六面体形状をなし、その厚みは薄いため四つの周側面はいずれも面積がごく小さいものであり、回路素子を一体的に組込む上での主要な面となるのは六つの面のうちの上下二つの表面に限定されるとの認識に立ち、したがつて、「前記表面」とは、半導体物質の本体における右の一つの主表面(頂面)であつて、回路素子は、もつぱらこの面の側に形成されており、回路素子の形成に伴つて生じた起伏を当然含むことを前提とするものである。
このように、原告は、一つの主表面全体を、いわば、概括的に「前記表面」と称しているのに対し、被告は、右の主表面をさらに細分化し、一主表面における能動回路素子のメサ部分の側壁が「他の表面」であり、同じく一主表面における受動回路素子の形成される部分が「前記表面」であるとしているのである。
原告の右の解釈に立つて考えるに、右「前記表面」は、構成要件(ⅱ)の「一つの同じ表面」「該表面」と同義のもの、すなわち、半導体物質の本体における一つの主表面(頂面)全体を意味する訳であるが、他方、かかる解釈が成立するためには、本願発明の唯一の実施例である第三図及び第四図に示されている一体化回路半導体装置の構成において、そのトランジスタ(第一領域、第二領域等を必須とする。)が、腐蝕除去処理により、いわゆるメサ型に形成されている点を考究しておかなければならない。すなわち、半導体物質の本体にトランジスタを形成する工程において、ベース領域、エミツタ領域は、それぞれ不純物拡散により半導体ブロツク19の上側表面から上方に向けて延びるように(ブロツク19の上側表面と平行な層となるように)形成されるが、その間のP―N接合もまた必然的に上側表面と平行であつて、この段階ではP―N接合は六面体をなす半導体物質の本体の周側面に終つており、その頂面側には露出されていない。これに続いて、腐蝕処理が施され、半導体物質の一部分が除去されると、ここで始めて、P―N接合は頂面側に露出する。したがつて、この場合には、半導体物質の本体の上面(底面と反対側である、頂面側の表面)全体を、一つの主表面としてとらえることが可能であり、この一つの主表面は、メサ型部分の頂部表面(六面体の頂面と一致)、メサ型部分の側壁面及び受動回路素子が設けられる面(半導体ブロツク19の上側表面)などの各要素的な面から成り、プレーナ技術におけるように、厳密な意味での平坦性を有することは必要でなく、メサの形成に伴う凸凹も当然この一つの主表面に含まれる(前掲甲第二号証第二頁左欄二五行~第三頁左欄三六行)。
要するに、トランジスタの二つの領域がメサ型に形成されることは、本願発明の特許請求の範囲に直截に限定するところがないとはいえ、本願発明の半導体装置にとつて当然の構成というべきものであり、これによつて構成要件(ⅱ)もその技術的意義が適確に理解しうるのであるから、「P及びN領域は一つの同じ表面に延びており、前記両領域間のP―N接合は前記表面で終つている」(構成要件(ⅳ))の限定はメサ型構造を規定したものであるとする本件審決の判断が誤りであるとする原告の主張は理由がない。
ところで、原告は、本願発明の効果を奏するためには、半導体物質の本体中に形成される能動回路素子としては、メサ型構造とプレーナ型構造のいずれであつてもよい、という。
よつて検討するに、個別的電子回路部品としてのトランジスタ等について、プレーナ型構造のもの及びこれを形成する技術が本願発明の出願前(優先権主張日前)に公知に属していたことは被告において明らかに争わないところであるが、特に一体化回路半導体装置における能動回路素子としていわゆるプレーナ型トランジスタを用いることは勿論のこと、プレーナ技術の適用によつて一体化回路半導体装置を形成することが右の出願前公知であつたとする事実を認めるに足る証拠はなく、また、本願発明の明細書中にかかるプレーナ技術の適用を示唆する記載はないのみならず、「前記表面」についての原告の解釈が成立するためには、前述のように、能動回路素子の二つの領域がメサ型構造であるとみるほかないのであるから、原告の右主張は採用できない。
(二) 原告は、本願発明により請求原因四の1の(三)の(1)ないし(4)の作用効果を奏するから、「P―N接合部分の構造をメサ型構造に限定する点に何ら発明を認めることはできない。」とする本件審決の判断は誤りであるというけれども、原告が主張する右作用効果についてみるべきもののないことはすでに1の(三)の項に説示したとおりであるから、採用することができない。
(三) 原告は、本願発明における能動回路素子の構造は、一面からの両立可能なる製造方法を可能ならしめるなど、新たな特別の作用効果をもたらすというけれども、そのような効果が本願発明に特段のものとは認めえないことはすでに明らかにしたとおりである。
そして、前掲甲第四号証によれば、二つの領域並びにその間のP―N接合が半導体物質の本体における一つの主表面に延びている、というプレーナ型トランジスタに類似する構造それ自体は第二引用例の半導体装置においてすでに示されているのであるから(甲第四号証中、N型エミツタ領域14と、P型ベース領域16と、P―N接合15)、本願発明におけるP―N接合部分の構造は、このような能動回路素子の構造を第一引用例の該当部分に対して類推適用することにより容易に推考しうる程度のものにすぎないと判断される。したがつて、本件審決が、「第二引用例の構造を本願発明のP―N接合部分の構造として採用することは当業者が容易に実施しうることにすぎない。」とした判断が誤りであるとする原告の主張は理由がない。
3 取消事由3について
(一) 原告は、本願発明と第一引用例のものとの相違点(2)(3)の具体的内容を請求原因四の3において説明しているが、それはそのとおりと認められる。
しかしながら、第一引用例を更に検討してみると、前掲甲第三号証によれば、第一引用例には、シリコン・ブロツク(すなわち半導体物質の本体)におけるP型領域またはN型領域と、絶縁物質上に形成された受動回路素子との間の、導電物質による電気接続が、半導体物質の本体と一体的に形成されて成る構成を具備していることが明らかであつて、仮に、原告指摘のように、「前記絶縁物質上に形成された受動回路素子とを電気接続する」点を両者間の相違点に含めてみても、結局、この点は第一引用例に少なくとも示唆されているとして否定されることに変りはない。
(二) 前掲甲第四号証によれば、本件審決が相違点(2)(3)についての判断のために引用した第二引用例には、半導体物質の本体の一つの主表面(底面すなわちコレクタ電極42側の面と反対側の表面)が二酸化シリコンのような絶縁物質の膜22で被覆され、この絶縁物質膜には、能動回路素子の二つの領域の一つ、すなわち、各N型エミツタ領域14にまで延びる孔が形成され、また、絶縁物質膜22の上には、導電物質すなわちエミツタ電極40があり、これが更に前記孔を通ずる導電物質すなわちエミツタ・コンタクト区域27により、各N型エミツタ領域14を相互接続して成る構成を具備していることが認められる。
第二引用例のものの右の構成をみると、これは原告がいうように、複数のN型エミツタ領域14が半導体物質の本体上にある絶縁物質の膜22の表面に設けられた導電物質、すなわち、エミツタ電極40及びエミツタ・コンタクト区域27により相互接続することによつて、全体として一個の能動回路素子たるパワートランジスタを構成するものであり、他の回路素子との間の電気的接続を直接示していないことは事実である。しかしながら、第二引用例にみられる右の各N型エミツタ領域14間の電気的相互接続の態様からすれば、これを第一引用例のような一体化回路半導体装置におけるトランジスタの一つの領域と他の回路素子間の相互接続に類推適用することは、当業者にとつて容易に想到しうる程度のことと認められる。
つぎに、成立に争いのない甲第五号証の一・二によれば、審決が引用した参照例(甲第五号証の一・二)のものは、プリント回路基板の孔の底部に当てがつた金属基板上にメサ型トランジスタを載置して、それと右の孔間の間隙にワツクスを充填し、右のトランジスタの上面をレジスト、すなわち絶縁物質で被覆し、トランジスタの二つの領域(ベース領域及びエミツタ領域)にまで延びる孔を右の絶縁物質に設けるとともに、この絶縁物質上にあるアルミニウム・フイルムすなわち導電物質が右の孔内に延びることによつて、右の各領域と、プリント回路基板上に設けられた銀リードとの間を電気的に相互接続して成る構成を具備することが認められるのであつて、右の銀リードが更にプリント回路基板上にある他の回路素子と接続されていることは、当業者にとつておのずから明らかなことと考えられる。
したがつて、参照例それ自体は、いわゆる一体化回路半導体装置に属するものではないにせよ、そこに示されている叙上の各回路素子間の電気的相互接続の手段ないし態様を、たとえば、第一引用例のような一体化回路半導体装置に類推適用することは、当業者ならば容易に想到しうる程度のこととするのが相当である。
以上のとおりであるから、取消事由3の(二)の項の原告の主張は理由がない。
(三) 原告は、第一引用例のものも、第二引用例のものも、甲第五号証の一・二のものも、その技術的思想は本願発明のそれと全く異なるというけれども、当事者間に争いのない請求原因三(本件審決の理由の要点)によれば、本件審決はそれらの技術的思想が本願発明のそれと同じであるとして引用しているのではなく、まず、本願発明の目的(設定された技術的課題)との関連においてそれに最も近いと思われる従来技術、すなわち先行技術として第一引用例のものを比較対象に選び、本願発明をこれと対比することによりその間の一致点と相違点を摘出し、更に、この相違点を逐一検討して、これは第二引用例、参照例(甲第五号証の一・二)にみられる周知技術から容易に克服できる程度の差異にすぎないとしていることが明らかであるから、原告の右主張は当らない。
つぎに、原告は、第二引用例のものも、参照例のものも、本願発明のような一体化回路とは直接の関連がないという。
しかしながら、本願発明の出願前(優先権主張日前)すでに周知に属する接合型トランジスタ(ノーベル物理学賞の受賞者・W・シヨツクレイが一九五一年に発明したことは公知の事実である。)を能動回路素子に選び、これを他の回路素子とともに一つの半導体物質の本体、すなわち、シリコン・ブロツクに一体化することにより一体化回路半導体装置を形成する、という着想が、すでに第一引用例のものにおいて示されていることからすれば、かかる着想が示す一体化の路線に沿い、更に、それぞれ接合型に属するパワー・トランジスタ及びメサ型トランジスタに関する第二引用例や参照例に着眼し、これらのものにおいて回路素子間の導電接続のために用いられている技術手段を、第一引用例の一体化回路半導体装置における該当部分に類推適用しようとの意図をいだくことは、その実現に際して、若干の設計的配慮を要することは当然予想されるにせよ、当業者にとつては容易なことであるというべきである。
したがつて、第二引用例や参照例にみられる技術手段は、本願発明の出願前(優先権主張日前)における当該技術分野の技術水準を示すものとして、本願発明の進歩性の有無を判断するに当り当然参酌されてしかるべきものであるから、これを原告のように、本願発明と全く関連がないものであるというのは当らない。
さらに、原告は、本件審決が本願発明の作用効果を考慮していないというが、その明細書記載の作用効果がすべて各引用例から当然予測しうる程度のものであることはすでに述べたとおりであるから、その主張は理由がない。
三 以上のとおりであり、原告の主張する取消事由はすべて理由がないので、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
(ⅰ)ある導電型の第一領域及び第二領域を有し、逆導電型の該第二領域が前記第一領域に接してその間にP―N接合を形成し、(ⅱ)前記二つの領域が一つの同じ表面に延び、更に前記P―N接合が該表面で終る半導体物質の本体、(ⅲ)前記表面上にある絶縁物質にしてこの上に少なくとも一つの受動回路素子が形成され、(ⅳ)該絶縁物質が前記表面に延び前記二つの領域の一つに横たわる孔を形成している絶縁物質(ⅴ)及び前記絶縁物質上にあり前記孔内に延び前記受動回路素子と前記領域の一つとを相互接続する導電物質(ⅵ)とを具備することを特徴とする半導体装置。